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マスターズの舞台、オーガスタナショナル・ゴルフクラブは球聖・ボビー・ジョーンズがアマチュアとして史上初の全英オープン、全英アマ、全米オープン、全米アマの年間グランドスラムを達成した1930年に、オーガスタの植物園の跡地を7万ドルで購入、友人に協力を仰ぎながら完成させたゴルフコースです。 日本人初のマスターズ参戦は、戦前の1936年に陳清水プロと戸田藤一郎プロが1回だけ参戦しています。 戦後はカナダカップで名を上げた中村寅吉プロと小野光一プロが1958年の第5回大会のマスターズに招かれています。 初日、小野74、中村76。2日目は中村プロが1オーバーと健闘、通算149の38位で予選通過。小野プロは155で予選通過ならず。 この大会にはあのアーノルドパーマーが出場、サムスニードと共に3日目を終えてトップに立ちました。 1964年のマスターズでは日本からは石井朝雄プロと陳清波プロが出場、2人とも予選は通りましたが、石井プロが296で40位、陳プロは298で44位に甘んじます。 日本人プレーヤとして観客(マスターズでは"パトロン"といいます)に喝采を浴びたのが1969年〜73年まで出場した河野高明プロでした。「リトル・コーノ」の愛称で5年間の出場中、4つのイーグルを奪取。 河野プロに続いてマスターズに参戦したのは、ご存知、ジャンボ尾崎。 そんな尾崎プロですがマスターズの最高順位は8位と彼の能力からすると物足りない結果であります。 世界のAOKIこと青木功プロのマスターズ参戦は8回を数えますが、これまた最高順位は16位。 AONの最後の一人、中島常幸プロのマスターズ戦記はどうだったか? では日本人のマスターズでの最高位は? 翌2002年には伊沢プロをはじめ、5年連続出場の丸山茂樹プロ、谷口徹プロ、片山晋吾プロとそうそうたる顔ぶれでマスターズに挑みました。結果は丸山プロだけが予選を通過、最終日、この日全選手中のベストスコア67をマークし、14位に食い込む健闘を見せました。
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