樋口久子 |
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| 10. 樋口久子〜女子プロのフロンティア | |||||||||||||||
樋口久子 |
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女性プロゴルファーの先駆者、樋口久子プロについてお話します。 樋口久子プロはJGA認定の女子プロゴルファー第1期生であります。 1967年に関東プロゴルフ協会の中に女子部が創設、その年の10月にプロテストを行い、受験者26名全員が合格しましたが、その中の一人が樋口久子プロです。 第一回女子プロ選手権が1968年の7月に行われ、栄えある初代チャンピオンが樋口久子プロでした。 ここから日本女子プロは7連勝を含む通算9勝、日本女子オープンは同じく4連勝を含む通算8勝と“樋口時代”を築いています。 師匠はあの中村寅吉プロ。「グリップからスタンスの取り方、コース攻略まですべてを学びました。」 この当時は女子プロの大会は今と違って年2〜3試合しかなく、1970年から同僚の佐々木マサ子プロとともに4月〜6月までアメリカ遠征に出かけるようになります。 樋口プロのスイングは「スウェイ打法」、アメリカでは「マグネティックスイング」と呼ばれました。クラブフェイスが磁石のようにぴったりとボールに吸い付く、という誉め言葉でもありました。 樋口プロがアメリカで勝利を挙げたのは参戦8年目のことでした。 「こんなうれしいことはありません。本当に優勝したんですよね。私だけでなく、日本ゴルフ界にとっても大きな名誉だと思います。」とAP通信に語っておられます。 日本人男子プロのメジャー制覇は?丸山茂樹プロか?伊沢利光プロか?片山晋吾プロか? いまだ、日本男子プロのメジャーでの最高位は1980年の全米オープン。今も語り草となっている、"帝王"ジャック・ニクラウスを相手に死闘を演じた青木功プロの2位が最高。 誰もが願っています。ガンバレ、ニッポン!
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*写真と本文は一切関係ありません。 |
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