丸山茂樹 |
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16. 丸山茂樹〜スマイリング・アサッシン |
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丸山茂樹 |
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突然ですが、私は今の日本ゴルフ界を引っ張っている人物、丸山茂樹プロと同学年です。(丸山茂樹プロは1969年、私は1970年の早生まれ)同じ学年の人物がアメリカのPGAツアーで戦っている、しかも2001年から3年連続で勝利を飾っているというのは、本当に誇りに思います。 丸山茂樹プロは169cm。身長は確かに高くはありません。しかし日本ツアーにいた頃と比べ、TV画面でも見てお分かりいただけるように鍛えて&食事にも気を使い、アメリカPGAツアーで戦える体つきになっています。 10歳からゴルフを始め、アマ時代はなんと37冠!(日本学生2勝など)ですが意外にも日本アマは未勝利。 2000年からアメリカ・PGAツアーに参戦。2001年ミルウォーキーオープンでアメリカツアー初勝利。日本人プレーヤーとして青木功プロに次いで2人目、アメリカ本土では初めて。 2004年こそ未勝利となりましたが、シネコックヒルズで行われた全米オープンで4位となり、2002年の全英オープン5位に次ぐ、優勝争いを展開、日本人初のメジャー制覇の夢をぐっと引き寄せてくれました。 丸山茂樹プロの戦いぶりを少し振り返ってみたいと思います。 2000年のツアー初戦はハワイでのソニー・オープン(以前のハワイアンオープン)は9位タイ。上場の滑り出しを見せます。 第2戦は、カリフォルニアでのビュイック・インビテーショナル。前年の優勝者はタイガー・ウッズ。 3日目も67で踏ん張りますが、2位に一歩後退。最終日も踏ん張りますが、ミケルソンに4打及ばずタイガーとともに2位タイのフィニッシュ。 第3戦は、アンダーセン・コンサルティング・マッチプレー選手権。 その後もドラールライダーオープンで4位タイなど、好調を維持し続けました。 そして2001年、ミルウオーキーオープン。 そしてこの優勝がフロックでないことを2002年に証明します。 3日目は強風が吹き荒れ、スコアを落とす選手が続出する中で、68にまとめ通算12アンダーで首位を守ります。 丸山茂樹プロはショットの微妙なずれをパットでカバーし、結局2位と2打差で優勝。 表彰式でバイロン・ネルソンに「彼ほど笑顔を絶やさずにプレーをする選手を見たことがない。優勝してくれて本当に嬉しい」とのコメントをもらい、このころから「スマイリング・アサッシン(笑顔の暗殺者)」と呼ばれ始めました。 2003年もクライスラークラシック・グリーンズボロでアメリカツアー3勝目を上げました。 2004年は勝利こそなかったものの、伊沢利光プロと組んでワールドカップで優勝。 日本人初のメジャー制覇を是非とも丸山茂樹プロに成し遂げてもらいたい。
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*写真と本文は一切関係ありません。 |
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